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関連テキスト

Point of Contact for 100 Incandescent lamps #5 / 2019

川崎市岡本太郎美術館20周年記念展「これまでの企画展みんな見せます!」

タムラサトルの「100の白熱灯のための接点#3」(19年)は電球をオン・オフする接点の構造を持つ作品。棒が回り、鉄板に接している間は電流が流れる。「美術館での展示はなかなか難しかったが、なんとか作家と一緒にクリアしてきた」(片岡)
【かながわ美の手帖】川崎市岡本太郎美術館20周年記念展「これまでの企画展みんな見せます!」 – 産経ニュース 2019.12.2より

第14回アーティスト・イン・スクール

今年度一緒に活動するのは現代美術家のタムラサトルと川口市立前川東小学校の6年生たち。

アーティストの代表作《スピン・クロコダイル》から想を得たユーモアに富む作品に挑戦します。造形を純粋に楽しみながら「つくる意味・伝える意味」を思考するプログラムは、まさに現代のアートを取り入れた新しい図工の授業。
第14回アーティスト・イン・スクール タムラサトル(現代美術家)×川口市立前川東小学校6年生89人 _ SAITAMA アート GUIDE 100×αより

0 to 9 テヅカヤマギャラリ-(大阪)

機械から機能を取ったら何が残る? タムラサトルが展開するシニカルな世界

タムラが2010年から取り組んでいる代表シリーズ「マシーンシリーズ」は、文字や、ハートや星といった身近なシンボルを象ったチェーンが延々と一定の速度で動くというもの。タムラはこのシリーズで、機械が本来持つべき機能を排除し、「機械=有能性」という構図を真っ向から否定している。
機械から機能を取ったら何が残る? タムラサトルが展開するシニカルな世界|美術手帖より

0 to 9 テヅカヤマギャラリ-(大阪)

開発のための開発のために

鑑賞者はそこにある「ただ動いている機械」に意味を見出すべく、作品化された数字をパーソナルな思い入れによって鑑賞する。数字を用い、さらには書体に変化を持たせることで作品を深読みしやすい状況を作りだしているのは、タムラの巧妙な手法であると考えざるを得ない。
「0 to 9」カタログより

バンバンバンバンバンバンバンバンバンバン

タムラサトルが新シリーズ発表、nap galleryで個展

これまでタムラは、モチーフをデジタルはかりで計測している状態を展示した「Weight Sculpture」や、ウレタン製のワニの模型が高速回転する「スピンクロコダイル」、2つの回路が接触したり、遮断されたりすることによって電気が点滅する「接点」といった、無機能な機械装置を取り入れさまざまな作品シリーズを手がけてきた。
本展では、定義を放棄したユーモラスな機械を使った新シリーズを発表する。
タムラサトルが新シリーズ発表、nap galleryで個展|美術手帖 より

LOVEマシーン #02

たんたんと静かに動き続ける「LOVE & PEACE」の文字は、本フェアのテーマをシュールに表現している。

今年のメインビジュアルは、国内外の美術館・ギャラリー等で、機会仕掛けや動きのある立体作品を中心に発表しているタムラサトルの作品を起用。たんたんと静かに動き続ける「LOVE & PEACE」の文字は、本フェアのテーマをシュールに表現している。
「青参道アートフェア2015」原宿、表参道、青山で開催 – テーマは“LOVE and PEACE” – ファッションプレス 2015-09-12 より

愛マシーン

メタリックなボディに「カタカタ」と音を立てて回る ″愛″ 、緩んで ♪ブヨ~ン ブヨ~ン♪ とキュートな表情を魅せるループチェーン。

京都駅ビル地下2階にあります ポルタ と キューブ、その2つを繋ぐのが老若男女が行き来する連絡通路。
足早に通りすぎる人、お喋りをしながら移動する人。
けど、この1週間は違った。
京都国際映画祭 ニュース「京都の入り口 京都駅 チェーンが語る「愛マシーン」 無事展示終了」2014.10.14 レポート より

Domein of Art 11 / 大マシ-ン

さいたま・プラザノースで「笑いとナンセンス」をテーマにした「大マシーン」展

タムラさんは、作品にさまざまな意味を込められることの多い現代美術において、あらゆる「意味」を取り除き、ただ面白いと感じる事を作品として発表しており、海外でも評価が高い。同展のポスターにも使われている漢字の「大」をかたどったチェーンがひたすら回り続ける「大マシーン」は、数本のチェーンが歯車の間をぐるぐる回り続ける作品。大きく形が変わることもなく、チェーンがゆっくりと、少したわみながら回転し続ける。
大宮経済新聞 2013.08.14 より

peeler

タムラサトルクロニクル2006~2010 ー変わる環境、変わらない思想ー

タムラサトルは“変わらない”作家である。
『意味の破壊』をテーマに、様々なモノの意味を無効にする作品を、彼は一貫して制作し続けている。
その一方で、前回インタビューしてからの5年間で、公立美術館での大規模な個展や海外での展示、国際展への参加など、タムラを取り巻く環境は大きく変化した。
そんなこの5年間での変化と、そんな中でもぶれることのない制作姿勢を元に、タムラサトルの5年間の軌跡を、Art Center Ongoingでの個展中に開催した公開インタビューで追った。(聞き手:藤田千彩・横永匡史)
PEELER/タムラサトルインタビュー「タムラサトルクロニクル2006~2010 ー変わる環境、変わらない思想ー」より

peeler

意味からの開放、そしてその先の漂白

鑑賞者は、タムラの作品にこめられた罠にはめられ、作品の意味を考えようにしむけられた上で、裏切られていくのだ。
そして鑑賞者は、裏切られ行き場を失った意識の行き先を求める。
しかし、タムラはそうした行き先を呈示してくれるわけではない。
目の前にあるもの(=作品)は、ただそれだけでしかない、と突き放すのみだ。
かくして鑑賞者の意識は、ただただ意味を求めて漂泊する。(横永匡史)
PEELER レビュー「タムラサトル 小山マシーン」より

「ゆらめく日常 アートの交差展 〜新進アーティストの視点〜」展カタログ

意味の不在/不在の意味

無目的にワニは回転する。ワニの存在自体とは無関係にひたすら回転する様相は、そこに意味を求める行為自体がナンセンスに思われてくる。タムラの作品は、モティーフないしはその運動自体に作品の実質があるのではなく、原因と結果の不均衡による機械的仕組みにこそある。(富岡進一 担当学芸員)
「ゆらめく日常 アートの交差展 〜新進アーティストの視点〜」展カタログより

“くだらない電源”をONにせよ!

『Standing bears go back』(1998年)では、クマが身じろぎもせずにあの音とスピードで毛をバーッとさせながらスーッと下がって行くのを見て、自分が現実から離れて行くようなような感覚すらあったし、『Double Mountain』(2001年)も、とにかく山をどうしたらくだらなくできるか、台無しにできるかを考えた。「くだらない」ということには、「いいのかな、これ?」とか「どうしよう……」みたいな「関われない怖さ」もあると思う。僕の作品ではいつも、そういうニュアンスが前面に出ればいいなと思って目指している。(聞き手:Art Center Ongoing 小川希)
アーティスト・インタビュー Art Center Ongoingより

peeler

リセットされる

そして会場中に響く轟音を発してレール上をすべる3体の直立したクマの人形、“Standing bears go back”。タムラいわく、クマたちは「後退するためだけに前進」し、レールの端まで進んだところで轟音を響かせながら後ろに下がっていく。一日中その動作を繰り返すクマたちが、なんだか滑稽でならなくなる。
会場のすべての作品が、ただの「現象」として並んでいる。ここではほんとに、ただそれだけの、だから何なの?って感じのことがアートなのだ。(輿水愛子)
PEELER/Domein of Art 1 タムラサトル展/埼玉より

peeler

ナンセンスに目を凝らす

私たちはいったいどのようにして、この作品を解釈したら良いのだろうか。彼の作品のテーマを率直に述べるなら、それは意味を見出せないこと、つまりナンセンスにある。回転して音を立てる旗や熊が後退する姿から、ある情景や社会批判がくみとれたとしたら、おそらく深読みだ。実際、タムラ自身も「それはそれでしかない、“そのもの”である。」と述べている。どんなに目を凝らしても、見えてくるのは作品の構造だけだ。意味らしい意味は拾えない。最近のタムラの仕事が、クマやワニといった意味性の強いモチーフから、むき出しの鉄材や白熱灯などに移ってきているのもこの点にあるのだろう。(佐藤史治)
PEELER/Domein of Art 1 タムラサトル展/埼玉より

Domain of Art 1 タムラサトル展

あいにくタムラは不在です

タムラサトルの作品は、20世紀初頭のダダ、シュルレアリスムらに端を発した「ナンセンス・マシーン」の系譜にあるようだ。さて、それでは彼はいかにして彼の生きる時代ならではの仕方で、滑稽な機械を差し出してくれているだろうか?彼の機械は、どのような仕組みで成り立っているか?(成相肇 美術評論家)
「Domein of Art 1 タムラサトル展」リーフレットより

peeler

無意味がぐるぐる回る

その中央の、高い天井からは重そうな鉄球が吊り下げられていた。
鉄球の下には金属の大きな円盤、その傍らには沢山の電球が転がされている。
振り子状に揺れる鉄球の先には、金属の棒。その棒と円盤がこすれると、「ばちっ!」と音がして火花が散る。と同時に、電球も一斉に「ぴか!」と光る。
振り子と自分の間には何もないので、火花が散るたびに体が後ろにのけぞる。ちょっと怖い。
「ばちっ!」「ぴか!」「ばち!」「ぴか!」
つまりこれは、振り子が円盤に触れる度にスイッチが入る、回路なのだな。 (石山さやか)
PEELER レビュー「タムラサトル POINT OF CONTACT―接点―」より

POINT OF CONTACT 接点

その潔さはホントに痛快です。

タムラさんの今回出展された火花系の作品は、余計な装飾は一切なく、単純にスパークさせるための機能のみを考えて製作されていて、その潔さはホントに痛快です。
そして、例えば接触部分に取り付けられたラジエーターやある程度の可動範囲を確保するためのスプリング、ちいさな火花を見やすいように取り付けられた板など、その究極的なスマートさのなかにちょこちょとっと取り入れられるアイデアの面白さも見逃せません。(幕内政治)
review:タムラサトル POINT OF CONTACT ―接点―《4_21》_ ex-chamber museumより

『ARTit 』15号

すべては、この伝導の「接点」を見せたいがためだ。

すべては、この伝導の「接点」を見せたいがためだ。それはそれでしかないとばかりに、同じ線上を往復する棒の軌跡に散る火花が、言葉で意味深に読解しようとする回路をジリリッと焼き焦がす。(白坂ゆり)
ART iT PICKS/白坂ゆり『ARTit 』15号 より

『美術手帖』2007年7月号

そのナンセンスはいっそう際立った。

単純なことを大掛かりな装置によってあえて迂回する見せ方は、フィッシュリ&ヴァイスの映像作品《事の次第》を連想させようが、不可逆的に進行していくそれとは違って、タムラは延々と続くループを強調する。つまり、内のみで外がない。それは喩えるなら、種を明かしたまま行う手品だ。滑稽でしかもストイックなその姿を舞台の外から眺める私たちは途方に暮れるほかないが、自ずとこちらに芽生えてくる不気味な内省の気分を、笑ってごまかすだけではすまないだろう。(成相肇 美術評論家)
『美術手帖』2007年7月号 Gallery Reviews/東京エリア より