展覧会図録


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「TMA·3」
映画・小説付けられた名前「2001:TMAA Space (Tycho Odyssey」Magnetic Anomaly)の世界に登場するモノリスにに由来.TMA (Tycho Magnetic Anomaly) に由来。
プラザノースギャラリーの天井を突き破らんとするスケールでそそり立つ、Hi,Kumi. とHi,Mike.の文字。それを前にして、記憶の彼方にあった学生時代の勉強に対してのプレッシャーや英語へのコンプレックスを思い出し、しばらく立ちすくんでしまった。
“Hi,Jack. Hi,Mary.” これは中学一年生になった私が最初に教科書で触れたダイアログの冒頭である。be動詞の活用で早くも英文法につまずき、英語全体が苦手になってしまった私は、教員が読み上げる教科書のダイアログを復唱し、暗記を求められ、ひたすら音読をしなくてはならないことが苦痛で仕方がなかった。JackやMaryといった素性の知れない外国人キャラクターに成切り、壇上で音読発表会をしなければならなかったことも不条理であったし、ダイアログの大半が知り合い同士の個人的な話題を尋ね合うオチのない中途半端なストーリーで、単純な定型表現を機械的に繰り返すことが、感情や感覚を不快にさせていった負の記憶がフラッシュバックしたのである。立体作品の横にある電子回路の作品《Hi, Kumi. Hi, Mike. #3 Classroom》がそれに拍車をかけた。40個もの赤いボタンがずらりと並ぶ。恐る恐るボタンを押すと、Hi,Kumi!! Hi,Mike!! と読み上げる学生の声(※1)が、様々なバリエーションで再生されていく。私は動揺する気持ちを抑えつつ、すべての声を何度も何度も聞き返した。
Hi!! Kumi. Hi,Mike!? Hi~,Kumi Hi,Mike~
機械的に定型表現が繰り返される。しかし、あの時とは違い、不思議と不快な気持ちにはならない。声の主のそれぞれが思い思いのキャラクター像を想像し、定型文の中にも自由な表現が満ち溢れていた。その元気な声によって、私の抱えていた心の闇は晴れ、徐々に冷静になっていったのであった。
タムラサトルは本作について、中学一年生の時の「よくわからない違和感」「ただただ気になる、頭の片隅に残ったあの言葉」を具現化したものとしか語っていない。しかし私の体験とタムラの体験がもしも一致するとするならば、その違和感やモチーフは「英語」にはなく、「目的の不明瞭な、単純で機械的な構造の定型表現の繰り返し」であるのではないかと推測する。それはタムラがこれまで生み出してきた作品とも合致する。《100の白熱灯のための接点》(2001)、《Double Mountain》(2010-)、《愛マシーン》(2013)など、私が見てきたタムラの作品は、どれも電気的な装置とメカニカルなギミックを組み合わせ、周期的なアルゴリズムで動いていた。近年では、ポップでキッチュな大量のワニの造形物が無目的に回り続ける《スピンクロコダイル・ガーデン》(2009-)の大規模なインスタレーションを国立新美術館で実現したことが記憶に新しい。「『よくわからないが、なぜかワニがまわっている』という不可思議なこの状況こそが、作品の面白さの本質であることに気づいた(※2)」とタムラは述べているが、その足元には無目的な機械による定型表現の繰り返しが埋め込まれていた。
一方で、《Hi, Kumi. Hi, Mike.》の作品群は新たな表現への姿勢を見せている部分がある。展示の主役ともいえるベニヤ板と垂木で出来た巨大な文字の立体作品《Hi, Kumi. Hi, Mike. #2》はメカニカルなギミックを一切排除している。木目の表面も敢えて綺麗には仕上げず、わざと継ぎ接ぎにして処理しており、まるで記憶の断片をつなぎ合わせたかのような造形となった。アルミニウムで作られた《Hi, Kumi. Hi, Mike. #1 Maquette》と比較すると印象の違いは歴然で、素朴で柔らかなベニヤ板の質感の中で、言葉のもつ計測不能な重量感を暗に示す仕掛けに受け止められた。また電気とメカを使った唯一の作品である《Hi, Kumi. Hi, Mike. #3 Classroom》は、観客が作品に対して関心を示し、ボタンを押すという行為をしなければ音声は流れない。機械が自らの意思を持つかのように回る、光るといった一定のアルゴリズムで作動し続けるものとは違い、観る側の能動的な態度が必要となった。
これまでも感覚的な面白さの追求の中に、文字や数字記号といったコンセプチュアル・アートの片鱗を示してきたタムラであるが、意味も言語も記号も削ぎ落し、無目的を追求した表現のプラクティスの果てに行きつく先は…もしかすると可視聴域を超えた周波数を発する、巨大なモノリスなのかもしれない。
井波 吉太郎(アーツ前橋学芸員)
※1 実はその中にはタムラが学生に扮した声がいくつか仕掛けられていることを後で知った。
※2 国立新美術館「ワニがまわる タムラサトル」(2022年)展覧会ステートメント